サービス付き高齢者向け住宅とクリニックは、同一の建物にありながら、それぞれ専用のエントランスを持ち、区画をしっかりと分けられています。各エントランスを見渡せるところにある事務室からは、建物に出入りする人物を、容易に見分けることができます。
また、居室があるフロアには、スタッフステーションがあり、専門のスタッフが常駐しています。ここからは、共用部を通して、フロア全体を見渡すことができます。死角となるスペースを限りなく排除したことで、スタッフからの視線が届きやすい構造になっています。これは、ご入居者さまの方だけではなく、スタッフ側にも「安全・安心」という意識を高めることにつながっています。
各居室のドアは、上側部分にある小さな窓からしか、中を見ることはできません。入口を入るとまず目に飛び込んでくるのは、共有部を見渡すことができるミニキッチン。居室内にある車いす対応トイレは、入口側に背中を向ける形で設置されているため、ドアを開放しても見えません。その奥にあるベッドスペースも、入口側からはトイレを挟むことになるため、廊下から覗かれてしまうことはありません。
一方で、スタッフステーションからは、各居室のドアにある小さな窓から、中の気配を感じ取ることができます。明るい色のカーテンの動き、居室への出入りの様子、共有スペースでの行動など、さりげない視線でしっかりと見守りができる、理想的な空間になっています。
居住フロア全体を見渡すと、病院のワンフロアやマンションのワンフロアとは一線を画した、「まちかど」のような居住スペースが広がっています。各居室のまとまりを直交させることで、空間に「動き」が生まれ、廊下の先に見える外の景色も、それぞれが全く違う表情をのぞかせます。 共用部から見える風景も、見る方向によってさまざまな表情をもっています。中央にある吹き抜けからは、常に明るい光が差し込み、フロア全体を明るいイメージに変えています。 思い思いのスペースでのちょっとした立ち話。お茶やお菓子を持ち寄って共有部での団らん。古き良き時代の「まちかど」にあった懐かしい風景が、自然と広がる居住空間になっています。
建築家インタビュー
渡邉健介建築設計事務所 渡邉健介
「ウェル・ヴィレッジ君津」に込めた想い
私のこだわり「ここにしかない住まいの形」
サービス付き高齢者向け住宅には、色々な捉え方があると思います。高齢者住宅、個人の住居、プライバシーのレベル、生活をどこまで自立させるのか……。私自身がこだわってきたのは、お堅いイメージの、みるからに「施設」という構造ではなく、もっとやわらかいイメージの「豊かな住環境」です。例えば、「病院」や「施設」という言葉でイメージする建物は、廊下の片側または両側に、画一的な部屋がずらっと並んでいるかと思います。でも、今回のプロジェクトはあくまでも家です。ここは病院ではありませんから、もっと街の中にいるような、それぞれの家が広場を囲んで集まったような住環境を作りたいと考えていました。
お互いの気配は感じながら、それでいてプライベートはしっかりと守られる。窓の外の風景や光庭を通して季節を感じる。緊急事態が起きたときには、ストレッチャーでの移動が可能な、ゆったりとした寸法を採用する。比較的元気な高齢者の方が、それぞれの時間をのんびりと過ごせる、そんな「街」のような空間を意識しました。
私が考える「ウェル・ヴィレッジ君津」の未来
設計から建築、運用スタートまで、色々な場面で、スタッフの方々と一緒に考え、作り上げてきたという思いがあります。居室の中の構造や、全体的な空間の作り方まで、他の施設の良いところは参考にし、スタッフの方のお考えやご意見も取り入れ、形にしてきました。
工事の完了が建築の完成ではありません。これから、ここがどうやって使われていくのか、実際に入居された方やスタッフの方が、どのような生活の場を展開していくのか。新しい発見を楽しみ、必要な時には変化や更新にも協力していきたいと考えています。